バカな頭で考えた!

もうすぐ「あまっちょろいラブソング」が

TAMA CINEMA FORUMで上映されます。

11月20日(土)14時30分 ヴィータホール(ヴィータホール(関戸公民館)Tel:070-5559-9545 (11/20-23)京王線聖蹟桜ヶ丘駅徒歩2分)

ヴィータホールです。

ヴイータホールから駅を横目に橋を渡り坂を上ったとこに住んでたのはもう15年くらい前の話。

その当時はヴイータホールあったのか?多分なかったんじゃないか。オーパもなかったし。

助監督しようと思って東京に出て来たのです。

でも出て来た時点で仕事の話はなかった。ま、何とかなるべと思って出て来たのです。のんきなもんです。

で東京に住み始めて5日目くらいで電話がかかってきました。

映画の助監督さんからでした。

その助監督さんとは京都に住んでた時に知り合ったのです。1年前くらいに自主映画を撮ろうと思いキャスト募集のチラシを作って大阪とか京都の映画館に置かせてもらっていました。そのチラシを見て電話してきたのがその助監督さん。たまたま友達の映画を手伝うために関西に戻って来ていて映画館で僕の映画のチラシを見たそうです。で、スタッフでいいから手伝いたいと言って電話をかけて来たのでした。そんな電話がかかってくるとは想像してなくて逆に普段の東京での助監督生活のことを聞いたりしました。

「つまんない商業映画の助監督するより面白そうな自主映画を手伝いたい」と言ってました。

でもその時は電話で話したきりです。

結局その映画もキャストが降りちゃったりして途中で頓挫しました。よくある話です。

東京に出る前にその助監督さんに電話しました。東京で助監督しようと思うので何かあったらよろしくお願いします、と。

たら電話かかって来ました。

知り合いのVシネマの現場でサード助監督がバイクで事故って人手が足りなくて困っていて誰でもいいから助監督を

探している。

から、やる?

って聞かれてやりますと答えひょこひょこ現場に行ったのです。

おっかなびっくりな日々でした。非常に疲れました。毎日夜中に足がつって目が覚めました。当時出たばっかりのウルフルズのCDをタイマーでセットして目を覚ましなるべくご陽気な気持ちになったつもりで撮影に行きました。でも目を覚まさないこともあって大遅刻したり、現場に飾ってあった高いスピーカーを運んでて落として壊して始末書書いたり、一番ひどい時はカチンコ忘れました。その時は監督が撮影現場の近くに住んでたので急いで車で家に帰ってハリウッドのお土産のカチンコを持ってきてくれました。その日はハリウッド方式でカチンコを打ちました。「カメラローリング!アクション!」(嘘)しかしカチンコを忘れた時はあせりました。撮影現場の立川のラブホテルでそのことにに気づいた時、血が引きました。で、思いました。黙っとこ。でも撮影現場で忘れたカチンコは授業に忘れた教科書ではありません。絶対ばれます。叫びました「すいませーん、カチンコ忘れました!」

6話あるVシネだったのでなかなか撮影は終わりません。途中で新たに僕と同じように初めて助監督する女の子が入って来ました。その子はとっても真面目な子だったのですがいかんせん寝坊が多くよく遅刻しました。あんまり遅刻が多いので撮影場所の六本木のクラブの前の路上にずっと立たされていたこともありました。学校の廊下ならいいけれど六本木の路上はいけません。モデルルームの看板を持たせたくなります。でも更に寝坊を繰り返した彼女はある朝ロングヘアーをばっさり切って現れました。夜中に自分でばっさり切って来たのです。それは見事にばっさりでかなり斬新な髪型になってました。直視できません。すると矛先はこっちにも向かいます。同様に失敗を繰り返す僕も坊主にするべきだ、なんて。坊主にはなりたくありません。撮影も残り少なくなって来たしこのまま坊主にならずに乗り切ろうと思いました。でも撮休明けに渋谷パンテオン裏に行った僕は坊主になってなかったのでロケバスに乗せてもらえませんでした。(この時は制作担当の人が制作車に乗せてくれました。ありがとうございます。)さすがに坊主にしなくちゃまずいと思ってメイクさんのところに行ってお願いしました。僕を坊主にして下さい。メイクさんは私そんなことしたくない、って嫌がりました。メイク部屋にいた主演の役者さんも言いました。「お前坊主にしてもどうせ失敗するから坊主にしなくていいよ。坊主になって失敗しないんなら坊主にすればいいけど」それもそうだと思いました。なので結局坊主にはしませんでした。ますます立場はなくなりました。ばっさりロングヘアーを切った助監督の女の子はそりゃあんまりだってことでメイクさんによって世の中に出回れる髪型に整えられました。その女の子と京王線の車内で俺たち助監督続けられるかなぁって話しました。お互いにとっても続けられないと思ってました。その子が言いました。十人の監督につくまで助監督やろうと思う。そうか、それはいいアイデアだ。俺もそうしよう。と思いました。

それからしばらくは数えてました。この監督は今何人目だ?って。

でもそんなことも途中で忘れました。あの助監督の女の子もどうしてるのかさっぱり知りません。どうしてるんだろう?

坊主にならなくていいよと言った主演俳優はこないだ奥田恵梨華の主演映画で久しぶりに見ました。懐かしかったです。

僕にその現場を紹介してくれた助監督さんは数年後監督になりました。「呪怨」って怖い映画を撮ったのでした。

結局電話で話したきりで未だ会ったことはありません。

話が長くなりました。

そんなつもりじゃなかったのです。

聖蹟桜ヶ丘ってのはそういう事を思い出させるのです。

んなこたどうでもいいのです。僕の今住むアパートの隣の土地が公園になるので工事をしてるのです。アパート全体が揺れています。とっても揺れてます。まるで紙相撲の力士になった気分です。

はっけよい残った!

「あまっちょろいラブソング」TAMA CINEMA FORUM上映ひとつよろしくお願いします。

ヴィータホールで11月20日(土)14時30分からです。

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