新橋の小さな中華料理店。僕は隣の隣のテーブルでスポーツ新聞を読みながら半チャンラーメンを食べていた。
半チャンとは半チャーハンのことだ。この半チャンラーメンセットというのは非常に心ひかれるセットだ。
だってチャーハンもラーメンも好きだから。僕がもっと若かった頃はこのセットをよく食べていた。
でも年月が過ぎそんなセットを食べる回数は減っていった。そんなにいらない。と思うようになった。
しかしメニューに「半チャンラーメン」とあると心が動く。だってチャーハンもラーメンも好きだから。お腹がとっても空いてる時は頼む。
その日はお腹がとっても空いていたから頼んだ半チャンラーメン。
新橋に来たのは編集スタジオに来たからで映像のデータをハードディスクに入れてもらうため。
その作業をしてもらってる間に昼ご飯を食べようと入った中華料理店。この中華屋さんは前に一度来たことがあった。
町の普通の中華屋さん。新聞と雑誌が置いてあって。
そういうのがいい。僕は新聞をとってないし、雑誌も普段読まない類いの物は外で読みたい。
だから外でごはんを食べる時の選択肢の一つに大きくあるのは新聞や雑誌が置いてあるお店。
新橋はいい。スタジオの周りにはそんなお店がたくさんある。駅からスタジオに向かう道すがら、どの店にしようかキョロキョロしながら
歩いた。
ある喫茶店は「ナポリタン+コーヒーセット 800円」と看板を出していた。
これはいい!
ナポリタンは大好きだ。これにしようか?それに喫茶店もいかにも新聞雑誌が置いてある系のお店。
いや、でも待て。ナポリタンだけじゃ足りないな。もっとお腹が空いている。
スタジオでの作業時間は二時間くらい欲しいと事前に言われていた。
二時間は微妙な時間だ。
そこで考えた。
一度行ったことあるあの中華屋さんに行って半チャンラーメンを食べてその後あのナポリタン喫茶店に行ってコーヒー飲んで
新聞や雑誌を読んだりしてつぶせ時間を2アワーズ!新聞や雑誌を読み終わってもまだカバンの中にゃあるぜ読みかけ「反転 闇世界の守護神と呼ばれて 田中森一著」が。
それでいい。それでいこう。
で入った中華屋さん。
半チャンラーメンを頼みスポニチを読む。僕の他にはもう一人おじさんがいるだけ。ニラレバ定食をゆっくり食べながら新聞を読んでいる。
ビールも飲んでいる。うらやましいけどまだ昼だしやめとこうビール。
ほどなく半チャンラーメンがやって来た。凄く普通。それでいい。それでいいんだ。最初からこれはこしょうかけるべきだな、と思わせる
薄い色したスープ。ラーメンのスープを飲む前にこしょうをかけるのは基本やめてるけど、これはいいだろう最初にこしょうかけてもと、こしょうをかけて食べるラーメン。まだあっさりしてるけどこれでいいのだ。大体あれだよ最近のラーメン気合い入り過ぎなんだよ、なぁ、うん、と思いつつすするラーメン。チャーハンもちゃんと炒めて出て来たものだ。炒めて出て来てないチャーハンなんてあるのか?あるのだ。チャーハン専門炊飯ジャーみたいのからよそって出て来ることがあるのだチャーハン。あれには心底悲しくなるよ。それはチャーハンじゃないよ、炊き込みご飯だよ。でもお客さん、いや最初はこれねちゃんと炒めたチャーハンなんです、それを保温してるんですこのジャーで。分かってるよ、そんなことは、いらないよ保温は、俺は炒めたてのチャーハンが食べたいんだ!
なんてかつての悲しき炊飯ジャーチャーハンのことを思い出しながらスポニチ読みつつ食べすすめる半チャンラーメン。
そこにやって来たのが冒頭のおじさん。
小さな声で「小チャーハン」
「小チャーハン」なんてあるんだ。「小チャーハン」だけでいいのかな、あのおじさん。食欲ないのかな。胃でも切ったのかな?
50歳くらいのサラリーマン。どっちかっていったら少し太り気味だけど。まぁ、ちょっと体調悪いのかもしれない、だから今日は「小チャーハン」そんな時もあるよ。ちょっとだけ食べたかったんだなチャーハンが。でも大の大人が「小チャーハン」だけってのはちょっと照れくさい。
だから小さな声で「小チャーハン」
なのか?なのかも、と思ってると、店のおばさんが大きな声で「小チャーハン!」と厨房に叫んだよ。あぁ、そんな大きな声で言わなくても••
せっかくおじさんが恥をしのんで「小チャーハン」と消え入るような声で言ったのに、こんな小さなお店なのに。ほらニラレバのおじさんも反応したよ「小チャーハンか••ふふ」ってな感じ。いいね、おじさんは昼からニラレバ定食にビールでしょ、ねぇ。でも、あの「小チャーハン」おじさんは今日は食欲ないんだよ。にしても、おばさんは何であんな大きな声で「小チャーハン!」って言ったかな。適当なボリュームってのがあるでしょう。役者さんでもいるよ妙に声が大きい人。がっかりするよ。思い出すよ。適当なボリュームだよ。でも待てよ厨房のおじさんの耳が遠いのかもな、だからおばさんは大きな声で叫んだのかも。そんなこと思いラーメンすすってると麺の下からチャーシューが出て来た。確かにチャーシューがないなぁって思ってたんだ。それにスープの量が妙に多いなぁとも思ってた。チャーシューは食べたいけど「半チャンラーメンセット」の値段が700円だし東京じゃ珍しく安いし仕方ないよねチャーシューなくてもと思ってたんだ、いや一枚は載ってましたよチャーシュー。それは前半に確かに頂きました。でもホントはもう一枚くらい欲しいじゃないすかチャーシュー、でもな700円だしなぁ多くは望んじゃいけませんよ、うん、って思ってたところの後半戦に出て来たチャーシュー。麺の下からフラーっと顔出しました。いたんだ。いたよ俺は最初から何言ってんの。そうか、いや疑って悪かった、いただき!ってチャーシューを口に放り込んでいると、
「小チャーハンお待たせしましたぁ」っておばさんの声。
お、来たか「小チャーハン」って見やると、「小チャーハン」が載った盆の上にラーメンも付いてる!
ん?小チャーハンとラーメンじゃないか!どういうことだ?
おじさんはいそいそと食べ始めた。
何だ俺の食べてるのと一緒じゃないか。ん?
テーブルの上のメニューを見る。
と、そこには「小チャーハンラーメンセット」って書いてある。
僕が「半チャーハンラーメンセット」だと思って食べていたのは実は
「小チャーハンラーメンセット」だったんだ。
おじさんは食欲なくて「小チャーハン」頼んだんじゃなかったんだ。単に後半言うの省略しただけ。
何だ、そうだったんだ。だったらおばさんの「小チャーハン!」って大声で叫んだのも適当なボリュームだ。
おじさんは食欲あるしおばさんは適切だ。ニラレバのおじさんは赤ら顔だ。
そして思い込みの激しい俺。
「小チャーハンラーメンセット」ねぇ。
別に「半チャーハンラーメンセット」で出してもいいと思うけど。そう言われりゃ「半チャーハン」って言うのには幾分量が少ないかも
しれないけど。許容範囲だと思う。「半チャーハン」っても言ってもいいじゃん。
でも「小チャーハン」
控えめな店主なんだな。「半チャーハン」にするか「小チャーハン」と迷った時期もあっただろう。「でも母さんこの量は「半チャーハン」
じゃないよ「小チャーハン」だよ。」「別にいいじゃない。「半チャーハン」で。あたしは「半チャーハン」で全然問題ないと思うけど。」「でも母さん••」「何、あんたの好きにすればいいじゃない!」「そんなこと言いたいんじゃない。だって」「だって何よ!」「いや、いい」「何!はっきり言ってよ」「いや、いい。いや、良くない」「何!」
て喧々諤々した夜もあっただろう。
あったのか?
そんな妄想しながら中華屋さんを後にして例の「ナポリタン+コーヒーセット 800円」喫茶店に向かった。
喫茶店は予想通り新聞と雑誌がいっぱいだった。
「半チャン改め小チャンラーメン」を食べてお腹いっぱいだったのでコーヒーだけを頼み週刊ポストなんて読んだ。
そして思った。
今度来る時はここでナポリタンコーヒーセットを頼もう。
そう心に誓った。